Ninjaよ!私は帰ってきた!!

四半世紀の時を越え再びバイク乗りに挑戦!が表向きで「これを期にブログをやりたい!」が本音、のブログです。

プロローグ

引っ越した。

諸々の事情で。

マイハニー(妻)の実家の一部を間借りする形となった。

それまで職場までは1時間ほどの電車通勤だったのが、なんと!一駅だけという近さになった。
だが駅までは徒歩25分ぐらいかかる。歩くのは好きだが引越しやらなんやらで疲れてしまい、とても毎日その距離の往復を歩く気にはなれない。しかもこの酷暑である!

で、ついついマイハニーの車での送迎に甘んじてしまう。

早し!15分だ!近し!
通勤時間が今までの4分の1だ。これはすばらしい!

しかし毎回の送迎ではマイハニーに負担がかかってしまう。家事を途中で放り投げなければならなかったり、迎えに到着してもこちらの都合で待たす羽目になってしまったりと・・・。

おまけにわが愛車は高速走行ではその実力を遺憾なく発揮するもののの街乗りでは燃費が・・・悪い。

う~む。

ってわけで酷暑の中、ちゃりんこ通勤を試みる。

遅し!30分もかかる!暑し!!!職場についたらつゆだく状態だ!

う~む。どうにかならんか・・・・。

え?

え?バイク?

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四半世紀前①

そうだ!バイクにしよう!

バイクなら経済的でしかも機動力がある分さらに通勤時間を短縮できるかもしれない。素晴らしい!

はてさて、バイクかあ・・・。

そういや四半世紀ほど昔、まだ学生だった頃によくバイクに乗ってたがそれ以来ということになるわけか・・・。


当時、ほとんどの仲間は高校生のうちに原付の免許を取っていた。さらに誕生日が4,5月あたりの連中は18歳になるや教習所に通い車の免許も取得していた。
オレの場合はバイク=危険=不良みたいな図式が色濃かったせいか親に許可をもらえず、ものすごい欲しかったけど断念せざるを得なかった。一方、車の免許も誕生日が12月である自分は受験を間近に控えた冬に教習所に通うわけにもいかず、これまた次の春を待たざるを得なかった。

だが高校時代遊びすぎ=当然浪人という厳しい報いを受け、さらにもう一年苦渋をなめるはめに・・。

翌年晴れて大学生になった春にとりあえず原付の免許を取得したのだった。そして初めてのバイクを購入。

当時、TVコマーシャルでやっていた(出演者はナベサダだったか記憶が定かではない)「いーなあ、あれ」というセリフが妙に気に入ってそれにした。ヤマハの「タウニィ」というやつだ。

タウニィ
こんなんだ。(ネットはすごいねえ。何でもある)これの黄色いやつ。

どうやって資金繰りをしたかは覚えていないが購入した時のことは今でも鮮明に覚えている。

バイク好きだった仲間に勧められて選んだのは六角橋にある○富オートという店だ。友達曰く、「悪の○富オート」だそうで何故そう呼ぶのかの説明はなしで、しかも「悪」なのに何で人に勧めるのかもよくわからなかった。とにかく今のようにクチコミサイトがあるわけではないので「友達が買ってるから」ってだけで店を選ばざるを得なかったのだ。

バスに乗りウキウキして新車を取りに行くと、「悪」らしくそっけない態度で「あー、これですね。」とか言って特に説明もなく「とっとと持ってけや」的なノリで手渡されたのだった。当時は学生なんてもんは客扱いされることなどなかったのかも知れない。客なのに下手に出なければならないこともしばしばあったような気がする。

ともあれあこがれのバイクに乗れて気分は最高!まだ原付ならメットも要らない時代で、風をダイレクトに受ける感じは爽快だった。

電車の時間を気にせず仲間の家に行き来できるバイクは本当に重宝した。
また大学もバイクで通学できる距離にあったため、ここでも大活躍したものだ。

だが寒くなりいよいよ車の免許を取るとタウニィに乗る機会も次第に減っていくのだった。

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四半世紀前②

そーゆーわけで暫く車に没頭。

大学にも車で通学したりした。
しかしいかんせん駐車場がない。大学を囲っている塀の周りにとめるわけだが一限が始まるだいぶ前に行かないと場所は確保できない。私有地だけに駐車違反になることはないがバイクに比べ明らかに不利なのだった。

そこで暖かくなってきたし再びバイクに戻ろうとする。

が、なんと。

タウニィ動かず・・・。

何がいけなかったのか。1年ちょっとしか乗っていないのにすでにお釈迦とは・・・。やはり「悪の~」から購入したのがいけなかったか。

途方にくれていると朗報が飛び込んできた。

仲間の一人が中免を取り、中型のバイクに乗るから今まで乗ってた原付をくれるというのだ。

ありがたい。さすが金持ち!聞くところによるとこの家では欲しいものをホワイトボードに書いておくと父上がすべて買ってくださるそうだ。原付→中型→車→車(ひとつ前の車がお釈迦になったらすぐ同じものを買ってくれた)などなど。最後には「嫁さん」と書いてステキな奥さんと結婚できたらしい。

ま、最後の例の真偽はさておき、その寛容な家庭育ちゆえの気前のよさなのであった。


いただいたそれは50ccながらギアチェンジをしないと乗れない代物だった。

ギアチェンジ。やったことがない。でもおもしろそうだ!
早速その友達に講義を受けた。
小さいバイクながらタウニィとは比べ物にならない力がある。低速ギアで引っ張る気持ち良さと言ったら・・・。それにこのマニュアルの自分で操ってる感がたまらない。「スクーターなんかにもう戻れない!」と思わせるのには十分だった。

人に言わせるとそれは「結構人気ある」バイクだそうで羨ましがれた。そのカテゴリーに興味のなかったオレとしては実感がなかったが、とにかく素晴らしいものをもらったことに今でも感謝している。

そう。これに乗らなかったら「もっと大きなバイクに!」と思うことはなかったろうから。

GT50

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四半世紀前③

そうしてギアチェンジ付きのゲンチャ(確かGT50だったと思う)をもらって以来、大きいバイクへの関心はますます膨れ上がっていった。

相変わらず雨でもなけりゃ毎日ゲンチャに乗って大学へ通っていた。そしていつものように駐輪スペースを求めて学校のまわりをばらく徘徊していた。


不思議なもんだ。

人間の意識というのは。

興味がなかったときには全く気にならなかったものが急に目に飛び込んでくる!

そう。大学のまわりはちょっとしたバイクの新車展示会と化していたのだ!
ちょっと前に買ったバイク雑誌に載ってた新型がここかしこに停まっているじゃないか!すごい!

時代はまさに空前のバイクブームだったのだ。なるほど仲間がゲンチャを卒業し中型バイクに乗り換えたのは時代の流れに乗ってのことだったのだ。

「オートバイ」という雑誌を何度か買った。いや発刊される度に買っていたかもしれない。各社こぞって250、400ccの新型を発表していた。ホンダのなんとかが何馬力で最強だのなんだのと、我ら大学生の話題もそんなんだった。そんで話しているそばから出たばっかの新型(RGガンマだったか)がキャンパスまわりに停まってたりするともう皆羨望の眼差しで見ていたものだった。

オレもいよいよ中免が欲しくてたまらなくなってきた!

翌年大学3年の夏、教習所へ通う決心をした。車の免許を取ったのと同じコヤマドライビングスクールへ。
家庭教師や塾のバイトで自ら収入を得、大学の学費も出せるほどの財力を持っていたので今回は親も文句は言わなかった。

しかしそうは言っても教習代を払ってなおかつ新型のバイクが買えるほどではなかった。だから免許を取ったとしても肝心のバイクがない!

そんな中、またまたラッキーな話が舞い込んできた。
いやー、オレって恵まれてるなあ・・・。

以前からバイクブームに乗っかって250cc(ニーハン)のバイクに乗っていた仲間がそれを卒業し400ccに乗り換えるという。そこで今まで乗っていたニーハンを5万円で譲ってくれるというのだ。しかもその5万はいつでもいいという。

つくづく寛大な仲間たちに恵まれている。今思うと小さき自分が受け入れられていたのも仲間の寛大さによるものが大きかったのだろうと思う。

かくしてオレのニーハンデビューが決まった!
ホンダVT250Fやあ!!

VT250F.jpg

かっこ良すぎる。

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四半世紀前・終章

そしてこのVT250Fは本当にすばらしいバイクだった。

譲ってくれた友人の話だと一万何千回転まであるタコメーターを振り切るほどにエンジンを回して鍛えたらしい。実際にメーターを振り切ることはなかったが、とにかくよく回るエンジンだった。確かレッドゾーンを越えるとメーターのインジケーターが赤く点灯する仕組みになってたと思うが、よく点滅してたっけ。

とにかく彼は無類のバイク好きで、北海道の大学から横浜の実家へ帰省するときもバイク、というぐらいだった。VTの次は(確かSRX400と言ったか)単気筒のものすごい音のするバイクに乗り換えたのだった。

オレとVTとは専ら足としてのしての付き合いが中心だった。大学だけでなくバイト先(田町にあるOCS海外新聞普及という会社)へ通うときにも世話になった。一国か二国(国道1号線か国道15号線)といった2車線でごった返した道路でも車をすり抜けながらきびきびと走ってくれた。気分爽快だったもんだ。

とにかく移動手段としての使用が中心でツーリング仲間がいたりするわけでもなかった。仲間たちと旅行をするときも交通手段は専ら車だったのである。

要するに徹底したバイク野郎にはなれなかったのだ。

原因の一つに整備の仕方ががよくわからない、というのがあるだろう。ニーハンで車検も要らず、だ。放っておいてもバイクのできの良さが原因で元気よく走ってくれるのだ。チューニングしようなどとは微塵も思わなかった。

さらに大きなバイクへ?

それもなかった。
というのも一度仲間の400ccのバイクを運転させてもらおうとしたのだが、それがまた400クラスとは思えないほど尋常にタンクがでかいやつだった。そんで確か立ちゴケしそうになったのか、してしまったのか、はたまたまたいだだけで止めておいたのかは忘れたが、とにかくもの凄い威圧感だった。
バイクの名前は覚えてない。とにかく「でかい」という印象。細身のVTに乗っていたオレにとってはなおさらで、「400=無理」というトラウマになってしまったのである(教習車は400だったのに・・・)。

またそこまで行かなくてもニーハンで十分だと思わせるくらいVTが素晴らしかったのかもしれない。

そんなわけでその後バイク関連で発展していく話はまるでなくなってしまうのだ。

大学を卒業し自営業手伝いを経て就職したあたりから自動車中心の生活へと落ち着いて行くのだった。

結局、VT250Fとの付き合いも4~5年ぐらいだったかと思う・・・。

バイク生活、凍結。

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